空想社会人日記

※フィクションです

 1年以上前、趣味がひとつ増えた。絵を描くことだ。

 

 2020年年明け、神戸にゴッホがやってきた。僕は、電車の中吊り広告や、ポスターで掲示してある美術品の展示は時間があれば行くようにしている。なぜかは分からないけど。大学生の時に行った正倉院展では、ピッカピカの和同開珎(わどうかいちん)を見た時は衝撃を受けた。教科書に載っているぼろっぼろのものしか見たことなかったから。

そんな出会いがあるからかもしれない。

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 とにかく僕はゴッホ展に行って、衝撃を受けたって話。力強さに圧倒された。美術の教科書や写真で見るだけでは伝わらない“力強さ”がそこにあった。ぜひ見てほしい、星月夜、糸杉らへんは圧巻である。僕は「郵便配達人ジョゼフ・ルーラン肖像画」が好きだ、可愛い。ゴッホは自分に優しくしてくれた人間はもれなく肖像画を描いている。可愛い。ゴッホは上に兄弟がいるのだが、早くして亡くなってしまったらしい、そして両親はその亡くなった兄弟と同じ名前をゴッホに名付けた。そして物心ついたゴッホは自分の家の裏の墓石に自分と同じ名前が刻まれているのを見て、自分は何者なのか、死んでいるのではと考え出し、アイデンティティを喪失しその後のメンタル面に大きな影響を及ぼしたという話が好きだ(でもこの話は事実では無いと考えられているらしい)。


 そして、ゴッホに衝撃を受けた僕は、4月の誕生日に彼女の絵をプレゼントするのだ。iPadで書いて、油絵風に加工して配送してくれるサービスがあり利用した。結構高かった気がする。

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 僕は何故だか印象派にものすごく惹かれた。印象派の画集や特集されている雑誌などを買い漁った。なぜ印象派にこうも惹かれるのか、自分でもあまりわかっていなかったけど最近言語化できた気がする。


 まず、ざっくりとした絵画の変遷としては、洞窟絵などから始まり、ルネサンス写実主義印象派〜印象後期、表現〜抽象、現代みたいな感じだと思う。

 ルネサンス写実主義の時代は、とにかく背景や人物を正確に、綺麗に描くことが芸術だとされていた。しかし、僕は「いや写真で良くね?」と思ってしまう。写真というものが存在し、それ今や全人類がスマートフォンをかざすだけで見た景色を画像として保存できてしまう時代。そんな現代では正確に描くということは芸術では無いと感じてしまった。表現〜現代はメッセージ性が強すぎる、作者のエゴをビシビシ感じてしまう。作者の意図を汲み取れないこちらが悪、馬鹿であるかのような後味の悪さを感じる。印象派は写実と表現の狭間でちょうどよくスっと自分の中に入ってきた。単純に空間や光の表現、色使いを美しいと感じることができた。そんなことを言っているが、理屈なしに印象派を見たときにビビっと来た、恋みたいに。


 iPadで彼女の写真を書いて2ヶ月ぐらい、色々見たり読んだりしているうちに「描くか」とふと思った。

 

 僕はジョジョの奇妙な冒険第五部のプロシュート兄貴が好きだ。「『ブッ殺す』と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!」シビれる名言だ。

 

 思い立った次の日には道具を揃えて描き始めた。最初は母と一緒に行った動物園の絵を描いた。母にプレゼントしたら喜んでくれていた。

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 その後も色々と書いてみたが、絵の勉強をしてきたわけではないし、才能もない。そんな人間が上手に描けるはずがない。繊細に正確に描くことがどれほど難しいことか思い知らされた。

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 油絵を始めた理由はゴッホに影響されたからという理由ただひとつだが、やってみてわかったことがある。油絵は上書きができる。油絵は少し失敗してしまっても乾いたら上から塗りつぶして修正できる。これは初心者からすると嬉しいことだと思う。また、上書きができるため色を重ねていくことで深みが生まれる。乾くのに時間がかかるためゆっくりと進めることができ、じっくり趣味を楽しむことができる。

 そして油絵の最も好きなポイントは、絵の中に高低差を作ることができることだ。もしかしたら他の方法でも出せるのかもしれないけど。油絵は乾くとカチカチになる。水彩画等は平面だが、油絵は油の個体のままカチカチになるので、絵という2次元の中に3次元が生まれる。ゴッホの絵に衝撃を受けたあと、ゴッホのひまわりを間近で見る機会があったが、花びら1枚1枚が3次元化しておりおそらくそれが油絵が出す迫力の1つの正体なのではとおもっている。しかし、デメリットもでかい。絵の具を乾かさないといけないためスペースを取ってしまう。油絵具は取れにくいため部屋が汚れていく。コストがかかる。油絵のことしか考えられなくなる。

 

 初めて半年ぐらいして、自分の絵の下手さに落ち込み勝手にスランプになった。そこから表現方法を変えた。絵の具を塗るのではなく、置いて重ねるという方法だ。繊細な表現が必要ないため楽しかった。仕事場の先輩に見せて欲しいと言われから見せたら微妙な顔をされ、病んでるの?と言われた悲しかった、今でも思い出して腹が立つ。

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 別の先輩が結婚して職場を辞めることになった。絵を書いて欲しい、新居に飾るからと言われた。何言ってんねん、冗談言っちゃってと思っていたら1ヶ月後に「絵はどう?進んでる?」と聞かれた。マジだったんかい。超特急で書き始めた。先輩の出身である石川県を描こうと思った。完成はしたが、彼女以外の誰かのために描いたのは初めてだったから「よしこれで完成」「いやなんだこの下手な絵は修正」「よしこれで完成」「いやなんだこの下手な絵は修正」の繰り返しだった。しんどかった。だからもう考えるのをやめた。もうすでに先輩の手に渡っているのでどうしようもないが、今でも修正したい気持ちがずっと心臓の隅に居座っている。絵を渡したら、1万円分のアマゾンカードをくれた。自分の頑張りが直結して何かしらの見返りが返ってきたのは初めてだったからものすごく、めちゃくちゃ嬉しかった。家に飾ってくれていたら嬉しいなという気持ちと、もう捨ててくれいと言う気持ちが戦っている。

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 もらった1万でアクリル絵の具に挑戦してみた。遊びに使うのもなぁ〜と思って。先輩からもらった1万で新しいことをしてその絵をあげようかなとも思ったけど、キモいかな、もういらないかなと思ってやめた。アクリル絵の具は油絵具より扱いやすいけど、厚みと深さを出すのは難しかった。

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 僕には才能がない、そして才能がないことを楽しむ余裕もないのだ。

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